「サムデイ イン ザ レイン」

「サムデイ イン ザ レイン」

アニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』第9話にまつわる話題を保管しておこうという、ひじょーに範囲の狭い企画。好きなんだから仕方がない。


A-MIX: 涼宮ハルヒの憂鬱 第9話 「サムデイ イン ザ レイン」

9話見所を順におさらい。


fuzzy Weblog@hatena - 涼宮ハルヒの憂鬱 第9話「サムデイ イン ザ レイン」アニメ分析表

9話のカットごとの映像と音声表。




アル雨ノ日ノ事 魔法以上のユカイが 降りそそがない

ゲームやアニメについてぼそぼそと語る人:(アニメ感想) 涼宮ハルヒの憂鬱 第9話 「サムデイ イン ザ レイン」 - livedoor Blog(ブログ)

「それにしても、寝ているキョンにかけられていたガーディガンは一体誰が?おそらく一枚目は長門で、その上からかけたのはハルヒでしょう」

「この雨、そしてシチュエーションハルヒが望んだことなのでしょうかね?」


Old Dancer's BLOG サムデイ イン ザ レイン

ハレ晴れユカイ」と「サムデイ イン ザ レイン」の関係から読み解く。


暫定掲示板

 先のアニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』放送第九話、だっけ? ストーブ貰いにいくやつ。

 あの、ある種の意地悪さは、ちょっと泣きそうになったけど。

 しょぼい電器屋のおじさんから見てさえ、ハルヒは「元気のいい娘さん」でしかない、ってのが。名前も憶えてもらえてない。

 世界は広すぎて、かつてハルヒが恐れたように、彼女は世界に回収されてしまっていて。


ハー○イ○ニー観察日記 -ぽえまー

 9話はそこまで冷たい光景には見えなくて。


 ハルヒ処女膜がなくなっちゃった、よりか、僕が彼らの輪の中にいないことの、仲間外れの視点、みたいな。でもキョンはちゃんと彼らと一緒にいてさ。だからそれでいいじゃない。てゆか僕らはハルヒ達のこと知ってるから、後はハルヒ達のことじゃないし。EDで「追いかけてね」つってんじゃん、「友達作りましょ、たくさんよりちょっと(だって、それで十分じゃない)」とも。



映像分析

credo ut intelligam:『涼宮ハルヒの憂鬱』

「この話数の鍵は映像における過剰と省略にあるような気がする」


幻視球: 『涼宮ハルヒの憂鬱』#9の作り込みに拍手

 最後に、観ていてゾッとした演出。「奇行」が奇行として描かれず、ありふれた学校生活の一部として淡々と描かれる。音声で挿入される「他の無個性な部活動」に埋没するレベルの存在感。あれだけ暴れ放題で浮いていた連中が、日常に回収されていく様。もう何とも言えない物悲しい気分に…。

 実質的な最終回?なのですか?この結論はリアルで辛いですよ…。




長門関連

Je n’avais pas l’intention d’aller à la mer.-en manière de Haruphilie - 涼宮ハルヒの憂鬱 第09話「サムデイ・イン・ザ・レイン」

ハルヒ萌えどころは一目瞭然として、長門萌えどころについては2chのレスから引用したい。

353 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2006/05/29(月) 12:18:44 id:jtHS028O

今回の見所

・鶴屋さんにハルヒの居場所を教えたのに

 キョンには教えなかった、結果部室で二人きりに

ストーブの位置が若干キョンよりに

カーディガンキョンにかけてあげた

演劇部でキョン声優さんが「ユキ」と

 言うたびに止まる手(微妙)

 

ハルヒ長門有希萌えるスレ 5冊目【キョン

これは大量虐殺アニメか。死因は萌死


「なに読んでるの? 長門さん」-第9話『サムデイ イン ザ レイン』

9話で長門が読んでる本


世界を大いに盛り上げるための桃月学園blog:【涼宮ハルヒの憂鬱第9話の「長門一人読書シーン」を解析してみる】 - livedoor Blog(ブログ)

長門一人読書シーンの背景で流れている台詞の解析。


幻視球: 『涼宮ハルヒの憂鬱』#9の長門さん演出

机が動かされても身じろぎ一つしない長門


fuzzy Weblog@hatena - 長門有希は孤独か?

長門有希は統合情報思念体と常に情報でリンクしており、本を読んでいる間も読書と同時に(キョンを含む)他のSOS団メンバーの状況を把握していると考えるのが妥当である。


したがって、情報のリンクを主な認識手段とみなす限り、「部室でひとり読書をする長門有希は孤独ではない」と、長門有希は認識していると思われる。



 エヴァの「決戦、第三新東京市」「涙」、エウレカの「モーニング・グローリー」「ヘルター・スケルター」「メメントモリ」と同じく、この話数は自分にとって忘れられないものとなりそう。出会えた奇跡に感謝を。様々なものが複雑に絡み合い、突如として作品は目の前に現れる。